2008年03月05日

受験生諸君に捧ぐ!!

注意:今回の記事は、恐ろしく長いです。
   時間の無い方は、また今度、にしたほうがいいかもです!


(去年のメルマガから引っ張り出してきました。
 使いまわしでスミマセン・・・。)




「・・・不合格・・・」

試験に全てを捧げた受験生にとては、
存在すら否定されたような気分になるはずです。

それ、すごく分ります。


とはいっても僕は、別に、受験に全てを捧げなかったから、
不合格でも存在否定された、とは思わなかったと思うけど、それでも、

「うわー、落ちちゃったよ」 って落ち込むんだと思います。

受験に落ちて、落ち込む、ダブル落ち。




でも、ほとんどの人は、ちゃんと生きてるし、
誰もその人の存在を否定しているわけではないんです。

それどころか、何年か経って、会ってみると社長をしている人もいる。
僕の友人にも2人。


逆に考えれば、あの時、志望する学校に入れなくて、
「良かったなー」と思う人だっているんです。

志望校に入っていたら、
今の幸せを得られなかったかも知れないワケです。


「人生万事塞翁が馬」ってコトです。




なのに、落ちた人達は、
「あーあ、オレ世の中に必要とされていない」って、
自分勝手に落ち込んで、自分勝手に地獄みてるワケです。

地獄でも何でもないんです。

「オレ、ダメ」って、自分一人だけで、
そう決め付けちゃってるダケなんだよね。


他から見れば、単なる「志望校に受からなかった人」ってダケなのに。

合格・不合格っていうのは、存在の否定じゃなくて、
ただ単に、他の誰かが選ばれた、ってだけの話なんです。



不合格が悪いんじゃない。


誰も悪くはない。



選ばれた人と、選ばれなかった人がいるってだけなんですよ。


受かる人がいれば、落ちる人もいる。
単純な話です。


ましてや、受験に負けたってコトじゃない。

勝ち負けじゃ無いんです、上下じゃ無いんです。


左右なんです。


右へ行くか、左へ行くか。

選ばれたか、選ばれなかったか。

たった、それダケのコトなんです。



合格・不合格って決め方にこだわるから、おかしくなる。


ただ単に選ばれなかったってコトに過ぎないんです。


だから、落ち込むことなんか無いんです。


落ち込むのは、望みが叶えられなかった、ってだけのこと。




望みが叶えられないからって、落ち込んでいたら、
ボクなんか、年がら年中、落ち込んでなくちゃなんない。


受験する年齢じゃ、分らないかも知れないけど、
世の中って、自分の思い通りには、ならないようなことがいっぱいあるんです。



「あーした天気になーれ」って望んでも、天気になるかどうかは、
お天道さまが決めることで、個人が決めることじゃナイ。


なのに、「晴れるように祈ったんだけど、雨になって、とても悲しい」って、
イチイチ落ち込んでられないでしょ?


その人が晴れて欲しくても、広い世の中、
どこかに必ず、雨が降って欲しい人もいるワケです。


農家の人とか、水不足の地域とか。
旱魃(かんばつ)なんていったら、それは悲惨なんです。


そういう人達に言わせれば、
「遊びに行くから、あした天気になーれ」 なんて、
とんでもないって話になるワケです。


だって、そういう人達にとっては、死活問題なんですから。




だから、望みが叶えられなかったからといって、
ベソベソ(メソメソ?)してても始まらない、
みんな、そういう中で生きてるんだし。


つらいのは、一人だけじゃない。みんな ツ・ラ・イんだ。



だいたい、「アレも叶えたい、コレも叶えたい」なんて、
贅沢なのかもしれない。


どれか一つにして、それ以外は、他の誰かに譲ってやったって、
バチは当たらナイでしょう?



人生を賭けて叶えようとすることなんて、一つでいい。


ベートベンは音楽、

紫式部は源氏物語、

ワシントンはアメリカ独立、

松下幸之助は松下電器、

ジェンナーは天然痘、



み~んな一つを成し遂げて終わる。


この人達の中に、「〇〇学校に合格」って偉業が残っている人、


・・・いません。


なぜか?


学校より、社会に出てから何を為すか?
ってコトの方が大事だから。




事務次官になりたいのに、東大に入れないと嘆いている人もいるかもしれません。


でも、それは、その人が事務次官に向いていないって意味じゃなくって、
その人以外に、もっと、事務次官に向いている人がいるってコトなんです。


たった、それだけの話。




それは、誰が決めて、誰が選んでるのかって?


天です。


天ってのは、神とか仏とか、そういう宗教っぽいヤツじゃなくて、
運命みたいなモノ。


運命っていうと、なんか、精神世界みたいな話になっちゃうけど、
そういうんじゃなくて、みんな、何かを成す使命を帯びて、
地上に生まれてきたってコト。



それが学校に受かることなのかい?

そんなチッポケな使命でいいのかい?


違うでしょう、だから、一人一人の存在自体が尊いんです。

あなたを待っている誰かが、どこかに必ずいる。



それを探す旅なんです。



その旅立ちの一歩として、その学校を選ぶ人もいるし、選ばない人もいる。


学校側だって、受験生を選んでいるってコトなんです。




落ちるってコトは、右へ行こうとしたら行けなかった、だけの話なんです。


んじゃ、どーするか?


決まってるでしょ~。



もう一回、右へ行こうと挑むか、左へ行くか? のどっちか。



その分かれ目の節目節目に、選び、選ばれしながら、ボク達は道を決めていく…
それが「生き方」ってヤツなんじゃないのかな?




試験の合格・不合格も、節目の一つにしか過ぎない。


「生き方」のほんの一部分。


学校のひとつや二つ、落ちたって、別に、いーじゃん。




それは、天が、別の道に行きなさい、って示してるってコトなんだ。
または、もう一回チャレンジするのかを問うてんの。


だったら、いつまでもクヨクヨしてないで、
次にどうするか、決めようよ。


黙っていたって、明日は来るんだから





・・・・ ここからは、大人の方々に ・・・・



望みが叶わなかった子供に、どう接するのか?

「頑張ったのに、残念だったね」 って?

そんな慰めなんか、聞かされても、なんの進展もありません。



僕たちは、もっともっ~と、大切なこと、言ってあげられる大人にならなきゃ。


日本の将来を担うことになる、子供たちに。





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Posted by しかけ屋コンサルタント at 19:31│Comments(2)TrackBack(0)しかけ屋のストローク

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この記事へのコメント
学力編傾の今の社会システムは・・・・

日本の未来を壊します・・・・・

学力(知識)は、大切ですが、生きる知恵の方がもっと大切ですね。
Posted by NPO行司NPO行司 at 2008年03月05日 23:24
NPO行司様

そうですね。
「勉強ができること」より、
「自分が何を成せるか」が大事だと思います。
Posted by しかけ屋コンサルタントしかけ屋コンサルタント at 2008年03月06日 14:18